自分の遍歴

今までh

不満

面白くないものを見た時に「金と時間返せ」っていう人がいまいち理解できなかったんだけど、自分が金と時間に無頓着なだけかもしれない。

面白くないゲームを買った時の心の動きとして、

ちょっと買ってみよう→あんまり面白くないな→もういいや

みたいな感じで、離脱前後でもう対象への興味を無くしてて特に何も湧かない。

金も時間も使い方が適当だからかな?無為な時間を過ごすのに慣れている気はする。

というか最近感情の変化が鈍いんじゃないか?マイナス方向にもプラス方向にも振れ幅が小さい。年のせいか家で仕事してて人間関係ほぼ無いせいか。

 

さっきの例はあんま期待してなかったゲームなんだよなー。

 

アニメだとシャニ1期が色々言われてて、自分も面白いとは思わなかったんだけども、

見る→あーアニメになって動いてるの嬉しい→滅茶苦茶シャニマスらしさは感じる→作りたかったのがこれなら俺は受け入れるよ。違うなら次を楽しみにしてる

みたいな…好きとか嫌いじゃないんだよな何故か…

他人の否定的な意見を見て、自分もそうかも…?と思うことは割とあった。それ見るまでは、減点されてる部分については特に感想なしだった。

 

加点方式なだけかも。後は、いろんなものに対して期待値が低いとか?

期待に対する落差が激しいと悲しくなる気持ちはわかる。たっけぇ店で飯食って味がそんなだった時は悲しかった。(そもそも当日体調が悪かったからそのせいもあるんだろうけど)

でもその悲しさって望んだものが得られなかったことに対する悲しさであって、支払ったものを惜しむ気持ちは無かった。別に金があるわけでもなんでもない。

 

欲しいなら金に糸目はつけない危ないタイプかもしんないな。幸か不幸か、外出して実物を見ると色々買いたくなるけど出不精だから買わずに済んでる。

映画観に行くと予告でやってる映画を見たくなるものの、次の予定は立てないまますっかり忘れ去る。それはそれでもったいなくないか?

 

自分はこういうケースだと、喜怒哀楽で言うところの怒りの部分が湧かなくて哀だけになってる?

そもそも最近怒った記憶がない、のは人間関係ゼロだからか…

大分前に仕事もしんどいし給料は安いしで、資格取ってなんとかしようとしてた時の原動力が怒りだったのは覚えてる。もう5年以上前だけど、あれ以降マジで怒ってない可能性あるな。

財布盗られてた時も本当にそういうやつあるんだ、と悲しくはなったけど怒ってはなかった。そこは怒ってもいいと思うんだけど…?

 

でもイラッとしたことならあるな。

本人に聞こえる場所で色々言ってくるやつ嫌いだわ。店で収納棚を開けて確認してたら「わざわざ開ける必要ないでしょ…」とか言ってたやつ。思うのは勝手だけど口に出すなボケ失礼じゃ。

複数人でいて自分たちだけの会話のつもりでなのか知らんけどわざわざトラブルの元になりそうなことを言うな。

観光地で普通に会話しながら「ここおもんない」とか「あの人の顔が〜」とかをデカい声で喋んな。楽しんでる側からしたら迷惑だし顔の話なんて論外。

そして頼むから一緒に行った友達もその場で「その顔で他人の顔について語るな」とか言わないでくれ。言われた側が言い返されるのは自業自得だからいいんだけど、こう、やめて頂きたい。

 

言われて自戒することもまぁあるんですけど。

反芻した結果そうなってるだけで、その場ではイラってくるからやめてくんないかな。

 

フルプライスのゲームが全然面白くなくて1時間とかで終わったらキレるかもしらんね。それは価値が見合ってないからじゃなくて、ナメられてると感じるからかも。

でも世の中大概のものって作るのに苦労してると思ってるし、その価値を素人が測る方法って他との比較ぐらいしかないと思う。

情報格差があって知らん間にぼられてる可能性もあるからなんとも言えないけど…

 

 

大体個人がゼロから考えつくことってどっかの本に書いてると思ってる。ここら辺の話について書かれた本ねぇかな。

 

追記

よくよく考えたら麻雀でラス牌一発ツモられた時とかゲームでラグがひどい時とか煽られた時は普通にキレてたわ。

人と関わらないからストレスの元がないだけかも。

近況

故人サイトを読んで、このサイトも2年ぐらい死んでたのを思い出したので久々に書いてみる。

人に発信したい何かもぶつけるものも特に持ってないけど、久々に自分のブログ読み返すとそんなこと思ってたんだ?ってことが割とあったんよね。

 

といっても特に変わりなく慎ましい暮らしを続けてる…というか盆正月以外はずっと家で仕事していて、外に出ず人とも関わってないのであまり書くこともないかも?あまりに内に篭りすぎてるせいで、元々強くはなかった感情の起伏がより平坦になってるような気がする…

 

シャニマスはずっと続けてるけど、最近コミュを全然読んでいない。読みたくはあるんだがどうにも…

小目標を毎日積み重ねるみたいな方法論を見かけたのでやってみようかな。まずは一日1コミュぐらいから始める感じで。

本当は一から全員分読み直した上でSTEPの次に進みたいんだけどー?積んでる同人誌も消化したいし絵もまたやりたいし、運動も他の習い事もオーディオも全部やりたい。

 

やんない原因は色々思い当たるんだけど、こういったアウトプット不足で活動的でなくなったとか日の光浴びなさすぎとか人と喋らなさすぎとか生来の性格とか色々。後先延ばし癖ね。

ここに書いたか覚えてないけどシャニのmvとか作ってみたいんよね。3rdライブ見た時からずっと思ってる。

3年経って熱量は弱くなってしまったけど、いまだに燻り続けてる。家にいて飯食ってれば満足な俺の唯一の不満じゃなかろうか、これは。

シャニソンが出るまで4ヶ月ぐらい毎日練習やってたのになぁ…シャニソンで遊び倒して一回途切れてからはやんなくなってしまった。練習の成果が見て取れなかったのも大きいかもしれない。筋肉の動きやら構造をほんの少し知って、日常的に目にする人体の名前がほんの少しわかるようになったぐらい。

毎日線を引くのは良かったと思うんだが、ちょっと早かったか…?

絵を描くのは嫌いではないし、絵を描くことそのものが楽しかった瞬間は間違いなくあった。毎日の練習も正直苦ではない。ただ、絵に限らず何かを継続するのが苦手すぎる。継続した先にあるものも遠すぎて全く見えないのもあるかな?

 

知識欲は昔と変わらずあるかなぁ。生きるための糧が知識欲な気がする。昔から思ってたんだよね、他人の人生を全て知りたいし人類の行く末や宇宙の全てを知りたいって。それは無理だけど。

でもSNSができて、適当に眺めてるだけでいろんな情報が無尽蔵に入ってくるから新しい情報を知ることができる。代わりに、よりディープで面白い何かを知る機会が極端に減っている気がする。よくねぇなぁ、このインスタントに欲を満たしている状況。改めて考えると俺の望む状況ではない。もういい歳だよ。

人との関わりを待とうとしない、自分から持つことは決してないのはどういう理由なんだろう。面倒だから、で済ませるのは早いんだけど持つ人も多くいるんだよね。持たないことを特になんとも思ってない…とは思ってるけど、関わるのが極端に嫌でもないから変な感じ。まぁ人と会う時に家出る瞬間すごい面倒に感じるけど、会えばそうでもない。家にいる状態が安定しすぎてるだけ。

人との営みも知りたいことの一つに入ってるんだなぁ…変な目線だなぁ…

仕事中の雑談が長引きそうだと暇なときでも切り上げたくなる。会話がない状態で人といても特に困らない。

まぁいいか。もうちょっと精力的に活動したいってのはなんとかしたいな。多少満足できるぐらいまで何かをやりたい。

 

P.S.

自宅に戻ってpcの前に座った途端、なんか色々と抜け落ちるのを感じた。もう一個机用意してみるか?

読んだやつの感想

読んだ本は基本そのまま大半の内容を忘れてってるんだけど、アウトプット0もなんか違うかもしれないと思ったので雑多に書く。

 

デザインされたギャンブル依存症

ふと目に入ったから読んでみたけど思ったより面白かった。

カジノのレイアウトの話から始まった時はどうなるかと思ったけど、人を引き寄せとどめるためにスロットが何をしてきたか、その影響をモロに食らった人がどうなるかやギャンブルを続ける人の状態について(最初はここを期待して読み始めた)書かれていた。訳のせいか原文のせいか大分読みづらかったが・・

takashi-kawaguchi.com

読み終わった時点でスマホも大分危ないなと思ったが、報酬の話も絡めてここに書かれていた。

スロットはベットを大きくするかより長時間座らせるかで利益を多く生み出すけど、スマホはベットできるのが時間しかないからそこをどんどん食いつぶすのかな。

危うきに近寄らない方がマシ。

他にも色々思ったけど全部忘れた。

 

カンプノウの灯火

気になってたやつ。読んだ感想としては、自分の身からはあまりに遠い話ではあるけれど彼らと変わるところは何もなかった。直接繋がってなくても、過去があって今がある。それぞれ今を生きてた。

スペインの背景やら事情を絡めつつ語ってくれるのが面白かったかな。よりその人の置かれた状況がリアルに感じられる。

昔の友達は元気にしてるだろうか

追記

美味しんぼの第14週6話読んでて唐突に移民の話出てきて思ったけど、この本は個人にクローズアップしてからその人の背景を語るために移民の話を始めたからかなりスッと話入ってきたなぁ

 

美術の物語

読んでる。目的のために物作りつつ、他より抜きんでるためか自分が前に進むためかはわからんが新しい表現を見つけていく過程が読めて面白い。歴史なので推定もあるかもしれない。というか、人類ここから漫画だのアニメだのの表現にたどり着いてんのやばくないか。

絵に意味を持たせ、記録し、表現し始め、人や風景をリアルにしたと思ったらなんだこれは。まだ途中までしか読んでないから1500年前後の話で止まってるけど。ここから1000年経ったら更に表現が進化してるのか?知りたすぎる

でも、こういうのってリアルタイムで見ないと文脈を理解しづらいかな。漫画を読んで来なかった人は急に漫画読めるかわからん。擬音とかコマ読む方向とか。宗教画もその宗教を知らなんだら何か綺麗だなぁの域を出ないもんな。あれ多分敬虔な信者が初めて目にした時の感動凄いよ。もしかしたら不快感かもしれんが。

宗教にあまり興味はないけど、宗教画の理解のために学ぶのもいいかな。

ゴヤ好きかもしれない。どことなく仄暗い雰囲気する。

産業革命以降の動きが面白い

職業としての芸術家はいまや復権してるよね。グラフィッカー、デザイナーとか。

様式どころか色からも形からも解放されて自由になろうとしている。どこに行くんだ一体

1989年までで、伝統に対する反発の流れが本当の意味で終焉を迎えた気がする。抗うでも従うでもなく、必要であれば選び取るという柔軟さと満足できなければやはり探究を続ける真の自由がそこにある。後の世代に残るものはほんのわずかかもしれないけど、今や複製ならネットで見られるし展示会もどこかしこでやられてるだろうから大なり小なり影響を及ぼしていくんだろうなぁ。

面白いだけの試みが許される世の中が好き。

既存の課題解決のための発展があるように、新しく制約を課した場合も別方向の発展が見られるとは思うけど…真の自由って言ったけど、そこから個々人が課題と目標を見つけていく体制は変わらないでほしいな。誰かに強要されるものでなく…

この本読み始める前は、まさか近年の美術史に希望を見出すことになると思わなかった。

 

ここはとても速い川

標題のについて。10年以上小説は読んでなかったと思う。事実は頭に入ってくるけど、その人の感情とかはあんまり入ってこないんだよね。文字読むの向いてないのかもしらん。

入ってこないにしても、少しずつ日常の嫌な部分が見え始めてから園長先生に色々ぶちまけてでも何も届いてなさそうなところは印象に残ったかな。

どこだったか忘れたけど、主人公が一種の諦観を持ってると感じたシーンがあったな。せっかくぶちまけたのにより一層それが強まるような雰囲気するけど

それはそれとして、子供の頃に書いた日記を思い出した。とりとめなく思い出したことを書いていく感じ。懐かしい。

気の利いたことも言えないし読んで感じたこともそうないので、とりあえずは他の人の感想でも漁ってみようかな。

膨張

文体一緒だった。速い川が特別その文体で書かれてたわけじゃなかった。

膨張…噴水、川、膨張、爆発、濁流?

恋人もホップしててはいかんのでは?

とりあえずこの二作読んだけど、悶々とした気持ちがきっかけ一つで決壊してるんかな。

 

紅茶のすべて

産地、製造方法から淹れ方、歴史や紅茶の種類まで色々。

今まで自分で飲む時はマグカップティーパック入れて適当に抽出してたから気にしたこともなかったけど、色とか見栄えも気にするもんらしい。確かにティーカップちゃんと用意してきちんと淹れるならそこも気にしたいわな。特に、フレーバードティーカップの方にフルーツとロゼワイン、グラニュー糖を入れる演出が面白い。想像するだけでもこれから淹れてもらう紅茶への期待感が高まること間違いなし。実際の味はポットの方に入れたフルーツで既についてて、ワインは見栄えのために入れたフルーツの乾燥防止ってのも面白い。

ペアリングはあんまよくわかってなかったけど、一口目の美味しさをまた味わうためって視点があるんだ…一口目で満足しちゃうって悲しさを覚えてたけどこれぴったりかも?ちょっとその辺り意識してみようかな。今までは飲み物、食べ物を単体で味わってた。三角食べとかどうなんだろ。俺はあんましないけど、あれも飽きが来ないようにしてたりすんのかな。食事をもっと楽しめるかもしれない。

そういう本なのは当たり前なんだけどグイグイ紅茶を推してきておもろい。味・香りだけじゃなく見た目から食の中で何をメインに据えるかまで、真摯というか巧みというか…

まだ読んでる途中だけど、こういう何かについての楽しみ方を提供してくれるものをもっと読みたいな。

読了。終始紅茶推しが伝わってきてウケた。

追記。電気代が高騰してエアコンをやむなく切り、寒い中で飲む温かい紅茶はとてもうまい

三峰についての話(年末からのゴタゴタ関連)

近況では4thで結華を見れた、という話したけどその先。

元々、ライブ初参加が4thだったのでもう彼女のパフォーマンスを現地で見ることは叶わないんだなあとは思ってた。

最近になってPANOR@MA 03の試聴で愚者の独白がかなり刺さって何度か聞いてたんだけど、ふと「そうか、これからもう彼女の声で歌われることはないんだ」と実感がわいた。

多分、今までの曲はCDだったりライブのBDだったりで見返すことができるというので若干余裕があったのかもしれない。でも、これから出る曲はもう彼女を伴わない。新たな旅立ちであり永遠の別れだった。

 

どちらがいいという話ではない。何なら欲張りなので選べるなら両方選ぶ。

肯定感

ふと思ったけど、自己肯定感は多分カンストしてるが他人が自分を肯定しているとは微塵も思ってないんだよね。

ちらっと調べたけど他人からの肯定について名前が出てこない。他者肯定感はどうも自分が他者を認める言葉みたいだ。基本的に他人からどう思われるかを気にしない、よく思われればもちろん嬉しいが悪く思われても仕方ないかな、で済ませてしまう節がある。意図的に悪くすることはないし迷惑かけたら申し訳なくなるが、印象を変えるためだけの行動ってしてない。面倒かつどうでもよいからか?自分のしたいことはするし頼まれれば大体のことはやるけど。

単に自信がないだけかも。俺特に何もできないよーって考えてるし。でも、俺が何かを考えられて楽しめるのはこうやって俺が生きてくれてるからだから、それだけで俺にとっては十分すぎるわ。俺は、俺にありがたみを感じている。

でも、その先がないなぁ。俺が生きているのはいろんな人の助けがあってこそって視点、頭でわかっててもどうにも実感しきれてない気がする。誰かが助けを求めたら助けるのは当たり前で、だから自分が助けられる側なのも当たり前って考えがどこかにある気がする。逆に自分が誰かを助けた時も感謝されたいと思ってない。そうあるべき、と思って動いてるから。

ただ、そこに感謝の気持ちを挟み込むだけで人間関係スムーズにいくし互いに気分が良いのはわかる。そこができないのがあまりに不器用というか、礼節が足りてないというか…

で、俺が頼んでなくても助けてもらうことがあるのに俺は頼まれなければ助けないのって正直不公平だよな。変えるべきなんだよな…

何も言わなくても気にかけてくれたのは今まででおそらく身内くらいなんだけど、どうにも喧嘩してた記憶が強いな…きっちり受け取ってこられなかった結果がこれなのかもしれない。

楽天的で、人生何があってもそんなもんでしょみたいな生き方してるからなかなか変わらないし省みることすら少ないけど、変われるものなら変わりたいよな。困らせるよりはそっちの方がいい。

そう思っただけでも進歩か?甘いんだよな結局のところ…

 

冬優子のこと考えてたらどんどん脱線してここまできた。シャニマスやってるとどうにも自分に向き合う時間が同時に増えてる気がする。

あれでよかったのか、これでいいのか、これからどうしたいのか。もっと真剣に悩んでいい。今まで流されるだけだったから。

転職しようかな…面白いもの作りたいよやっぱり。でも今作りたいものなんとかして作ろうとしてるし、個人制作の方がフットワーク軽いのと好きにできるのと何より異業種だと給料がきつそう。色々あるからね。

あとあれか、恋愛と結婚か。恋愛に興味湧いたことがないけど結婚はして子供ほしいってよくわからん感じ。仮面夫婦か?

人とあまり関わらなかったから好きになったこともないんだわな。関わらないから見た目も気にせずいたけど、そのままでどうにかなるとは思えん。

とか考えてると全部面倒で放り投げたくなってしまう。毎回そう。

今日のところはこれで勘弁しとこ

 

追記

善意の押し売りがしたくないのはあるかもしれん。自分は頼まない限り人に助けてもらおうと思ってないように、向こうが助けを求めてないかもしれないっていう。

助けに限った話ではなく、慰めの言葉より放っておいて欲しい時があるとか。

まぁでも徹底しすぎだわな。大したことない時なら軽めに聞いてけばいいのに。

他人の気持ちはわからない、ってのが大前提か。

 

更に追記

他人に話しかける理由にしても色々あらぁね。自分が話したいからとか、自分に今話しかけられたら相手が喜ぶだろうみたいな。で、両方ないのか。別に話しなくてもよいし、自分に話しかけられても困るだろうと思ってる気がする。後シンプルによく知らない相手から話しかけられたくないし向こうもそうだろうなって。

 

 

新しいものを追いかけづらくなる理由、古く慣れ親しんだもので十分満足する、それでローテ組めるぐらいには今の時代コンテンツが多い、新しいものを追いかける気力がなくなる、新しいものを追いかけると別れも増える(ジャンルによるが買い切りの漫画とか)、始めたら始めたで最初慣れるまでがしんどい辺り?

ふゆ

ふゆは特別な女の子じゃない、ほんとのふゆを見せたらみんな嫌いになるくせに

このあたりがずっと引っかかってた。

前者は4thの手紙で、特別な女の子じゃないけどそれなりに悪くない生活してるってとこで拾って?掬ってくれたとは思うけど後者は未だに騙し続けるってところで止まってる気がする。

ここからコミュの内容うろ覚えのままつらつら書く。

冬優子がストレイに加入してからの3年間で、自己肯定感は上がってると思っている。素のままでも嫌いにならず普通に接してくれる愛依ちゃん、あさひ、プロデューサーのおかげで。でも、ファンに素を知られたら嫌われるのではという考えはGRADの時のまま変わってない。

真っ向から否定したくなってしまうがそういうファンも実際にいるだろうし、プロデューサーの立場から何を言っても実情が変わるわけではないのが悔しい。

人に好かれようとすることが普通だ、でも普通の女の子のままで受け入れてもらえる自信はないからかつて自分が夢見たような特別を演じる。

ファンを信用していない、というところから普通を受け入れてもらうことを完全に諦めているわけではないようには感じる。

 

別にさらけ出してほしいわけではない。ふゆがこれまでやってきたように、ふゆの信じる方法でトップアイドルに近づいていってほしい。でも、さらけ出しても多分大丈夫だろうなと思える程度にファンのことを信頼してあげてほしい。頼む。

 

↓思い付いたまま垂れ流し。後で編集するかも

冬優子のアイドルとしての目的
アイドルでありたい、かわいい・かっこいい・特別な存在でありたいという思い?
でも、手紙で特別な存在じゃないけどそれなりにやってると書いてた
だから、初めのきっかけはそれだけど走っていくうちにやってる以上負けたくないという
負けず嫌いの方にスライドしていったんじゃないだろうか。
未来への手紙でも勝つことを考えていた。
じゃあ例えば勝ったら?トップアイドルになったらどうする?
走り続ける。走るのをやめたら隣にいる二人にすぐに抜かれる。
止まるとすれば、それは3人一緒になるだろう。

近況

1年ぶり。最後の記事を多少参考に書く。

 

競馬

ウマはしてない。競馬用に用意したお金10万ぐらいを綺麗にスって引退した。

基本楽しそうな方に行きたがるのでこういうギャンブル向いてない。見るのは楽しい。パンサラッサ好き。ツインターボ来たらウマ多少はやる。

 

シャニマス

デイリー1日忘れたのを未だに覚えてるぐらいにはずっとやってる。

ライブは配信で見てたが4thで両日現地初参加した。

初日、なんか情報量多すぎて手紙読んだことしか覚えてない。

2日目でやっと何が起こってるかわかりだして多少楽しめた。アンティーカかっこよ・・・

遠征で両日参加だけど、アーカイブ両日見る予定。移動式のステージでは基本後ろ姿を見てたし・・。BDも無論買う。

曲にしても人の話にしても、最初の一発目って全然入ってこないんだよね。大体忘れる。手紙とかは割と覚えてるから、耳で聞くより目で見る方が得意なのかも?あるいは、シンプルに集中力が無いか。知らんけど。

なんか頑張ってるなぁ、応援したいなぁぐらいの気持ちで普段見てるけど、もっと入り込みたい。

 

三峰の声、サンプルボイスで最初聞いたときは「あぁ、割と寄せてくれてるな」って感想だった。そんなこと思いたくなかったけど、比べるもんではないし、比べてるつもりもないのに何か違うなと思ってしまう。

どうしても前の人と声が違うのは当たり前だし、新しく声を当ててくれる人にこれからの三峰を任せるから俺が慣れてくしかないのかなぁ、とか。

そのうちこの声に慣れていって、前の三峰がどんな声だったのか忘れちゃうのかなぁとか、色々思った。正直不安だった。

前の人に寄せなきゃ、っていうプレッシャーも感じてほしくないから時間が解決するのを待つつもりだった。

 

4/1辺りでボイスが色々差し替わって、エイプリルフールのコミュ読んだときは「あ、三峰だ」って感じ。サンプルボイス一回聞いてからは何も触れてなかったから慣れとかではないと思うんだよね。声違うけど、三峰だった。何だろうね?低めの調子の時と高めの調子の時で違うとか、それだけのことかも。

ライブ中はもう完璧。初日は嵐のように過ぎ去っていったから置いておいて、、二日目はもう三峰だった。アンティーカめっちゃかっこよかった・・花凛ちゃんがステージ移動するときに髪ばさってやるとこ・・・

あ、あと八巻さんのチョクメよかった。ありがとなって感じ。そっちの方が大変だろう

にごめんなって感想も正直あるけど、多分ごめんっていうよりありがとうって言う方がいいよね。

 

今更だけど、ライブ行ってパフォーマンスをどういう眺め方するかはっきりしてなかったから記憶に残ってないのかな。改めてアーカイブ見てると演者一人一人はアイドルそのものではないけど、パフォーマンスは間違いなくユニットのものだわこれ。かっけぇもん。

アンティーカのゴシックな世界観とかストレイのカッコよさを追求するイメージ、アルストロメリアのファンシーでかわいい感じとか完全に表現されてるやん。そこを見ればよかったのか。

 

音MAD

無理っす。やりたいことも変わるし音声も動画も一生できん。そもそも最近触ってない。ロングVerで仕上げるかショートVerでさっと終わらせる方がいいのかすら決まってない。あぁ、ちょっといじって2分弱にする手もあるか。うーん・・冗長な気はするんだよな・・

 

なんかシャニのイラスト模写して遊んでる。やりたいことはあるんだよね。ただそれがあまりに遠い。具体的にはMV作ってみたいんだけど人書けないからね。PixivのSenseiやってみたけど終わってからさぁ何ができる?って言われても何もできなかった。書かない時は数か月書かないし…

構造ちゃんと覚えてからじゃないと模写も効果薄いかな?でも書きたいものもどうせシャニだからこれが楽しいんだよな。

こんなん作りたいなーってメモ書きだけは溜まったが、この案とその案どっちがいいか問題も一生やってる。

Loveaddictionmvもいつ見かけたか覚えてないけど地味に進んでるみたいだしまぁ、そのうちやれたらいいな。10年後くらい。

 

 

競馬以外全部シャニ関連なんだよね。

 

追記

DAY2、改めて見るとアンティーカのabyss of conflictからとんでもない気迫を感じる。安定度合いでいえばDAY1の方が上に感じるが、八巻さんを筆頭に全てを出し切ろうとしたような仕上がりだった。見てて苦しさを覚えるくらい。

あれの後に革命進化論バッチリやってるのすごいわ。表現者だわ。

当日も思ったけど、ひよりさんの締めのコメントもなぁ。虹の行方が出た時に出してたこれ↓も含め、放クラの曲が伝えてくるものとひよりさんが受け取ってさらにこちらへ伝えてくる思いが重なってすごい心に響くのよ。

 

PW01の曲が大好きです! 果穂ちゃんの声がわたしじゃなくても、果穂ちゃんはきっとわたしを照らしてくれると思います! だからわたしは、わたしが果穂ちゃんの声でいて、誰かにそう思ってもられるようにと「虹の行方」を聞いて改めて思いました!愛がいっぱい #シャニラジ ぜひ聞いてください
 
当日のコメントについてはもう、なんかうまくまとまらない。毎日を惜しんで、それでも先に進んで、最高の最終回をそしてとびっきり長いエンドロールをみんなが迎えられたら嬉しい。